Smotoの感想 ⇒Smotoのユーザノート
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送られてきたDVDは、名作ベスト50みたいなシリーズの中の一枚。「ほう、この作品『名作』だったのか」と驚く私。公開時よく宣伝されていたので(「よく」といっても映画ファン向けの広報レベルでだが)、タイトルは知っていた。しかし「名作」扱いされるほどになっていたとは。ちょっと期待値をあげて見てみたが、実際内容も面白く、メイキング映像まで非常に興味深い作品だった。
この作品、全編81分のうち70分ほどは、町中に設置されたひとつの電話ボックスを中心にした映像である。つまり、ほとんど「移動」がない。小説でも映画でも、人物の移動はストーリーを動かす起爆剤である。それがこの映画ではほとんど行われない。その縛りの中で、動的なサスペンスを作ろうという趣向だ。
この趣向の珍しさについては映画マニアのサイトで散々語られているのだろうが、DVD収録のメイキングにて明かされた撮影手法の特異性も見逃せない。
たった十日で全編収録する異例の強行軍を実現するため、あたりが暗くなっても昼に見える巨大な照明設備を用意しているのだが、これがすごい。照明と、それを効果的に映す(?)幕の大がかりなことといったら! しかもそれを一日半で作ったというのだ。ハリウッドの底力を見る思いである。
それともうひとつ、フィルム撮影の価値も感じられた。
この作品、撮影スケジュールがタイトなだけに、長回しのシーンが多い。メイキング映像では、作品のクライマックスにあたるコリン・ファレルの長ゼリフをハンディカムで追っている。まあメイキングだからそれでいいのだが、この映像が、えらく軽い感じに見える。作品内での同シーンは非常に重みがあるにも関わらず。なぜか? この違いは、撮影にフィルムを使っているかどうかの違いだと思う。やはり映画はフィルムである。フィルムを使わないで撮影するなら、それなりのCG処理をほどこして「偽フィルム」にでもするほかない。
実は本編中にも、一部ハンディで撮っているシーンがあった。そのシーンは手ぶれも重なり、やはり安っぽく感じられたが、これは映画のキズといわざるを得ない。キズといえば、ストーリー面のオチもあまり良いとは思えなかった。しかしそれを補う展開の面白さも確かにあった。名作かどうかは知らないが、新しい試みに対する作り手の意欲を感じられ、そこが非常に楽しめる作品だった。

Amazonでの評価は低いが、私は80年代を思いだし、楽しく観賞できた。
これをバカ映画と評している人(Amazonにはかなりの数のそういう感想がある)は、単純に映画を観た絶対量が少ない人だと思われる。本当のバカ映画を知らないのである。年季の入った映画ファンでバカ映画をわざとチョイスして観るような人は、つられないように。逆に「全然バカ映画じゃないじゃん……」と、がっかりすることになる。
またAmazonの評になるが、「Xファイル」っぽいという指摘がいくつもある。まるで鬼の首をとったかのごとき勢いで……。
しかしその「Xファイル」こそ80年代ハリウッドSFスリラーの集大成(というか焼き直し)の側面を持っていたわけで、別段オリジナリティを云々するような話ではないのだ。
この作品は、単に古き良きSFホラーないし「奇妙な味」(リチャード・マシスン系)風のストーリーおよび演出を軸に、現代の映像技術で創りあげたエンターテインメント・スリラーである。純粋な娯楽作品として仕上がっている。
チープさも、わざと狙ったのだろう。そういう内容にふさわしく、アメリカのテレビドラマでおなじみの俳優(つまり、映画俳優ではない人)も何人か出演している。
最近当たる海外ホラーは、「ソウ」や「CUBE」のような本格ミステリ風のトリックを仕掛けたものが目立つ。だからそういった作品と同系列のものを期待して観た人は、評価が低くなるのだろう。しかし映画とは、そんなに一辺倒な価値観で作られるものではない。
なお心理スリラーとしてのストーリーの起伏より、ドカーン! と瞬間的に驚かすショッカー的演出の方が目立つし、成功している。観賞の際は、劇場と同じくステレオ大音量で観るべき作品である。
しかし本当に、Amazonの評にはヘンなのが多い。
「スリラーなのに伏線がキマってない」といった内容を書いてる人もいる。おかしな指摘である。そもそも伏線など張られていないのだ。ならば、謎解きがないのも当然である。何を期待しているのか。同種の映画を100本観てから文句つけて欲しい。なお「同種の映画」とは、「ソウ」や「シックス・センス」のことではない。「スクリーム」シリーズでパロディの対象になったような、70~80年代のホラー映画群である。
繰り返すが、「バカ映画」という批評は単純に間違っているため、悪食な感性で観てはいけない。「フォーガットン」は、偉大な傑作というわけではない。しかし笑える部分も特にない、ハリウッドらしいエンターテインメントである。
ただ私も肩すかしだったのは、DVD特典の「もうひとつのエンディング」。
これが本編エンディングと大して差異のない内容だったのは、マイナス点といえる。
ところで映像特典にて、「ER」の主役だったハゲ頭の俳優が「この映画に出るまで引退していた」などとコメントしていた。知らなかったなあ。「ER」も途中で見るのやめてたし。海外ドラマっていうのは、どうしてああも続き過ぎるのか……なんて話は、ここに書いてもしょうがないか。

今、私の手元に「新版 アガサ・クリスティー読本」という本がある。クリスティー作品や作者本人にまつわるエピソード満載のファンブックである。
これに掲載されているジュリアン・シモンズの評で絶賛された作品のひとつが、本書「邪悪の家」だ。
その評においてシモンズは、この作品を絶賛する理由はパズル構成の独創性だと指摘している。えらくぼかした表現だが、これはもっと端的にいえば、「犯人が○○○だ」という点だろう(当然伏せ字)。
こういう全体の仕掛けに妙があるタイプの作品は、最近の日本の本格ミステリシーンならもう一段深い仕掛けを組み合わせてこそ評価されるわけだが、「邪悪の家」においてポアロは、非常にストレートに結論を導きだす。古き良き時代の、牧歌的で、シンプルな趣である。
同種のトリックを仕掛ける本格ミステリの始祖が「邪悪の家」なのか、それともカーやクイーンあたりが先にやったことなのか、私はよく知らない(言われたら「そういやそうだねえ」なんて感じで気づくかもしれない)。でもまあ、シモンズが絶賛するぐらいだから最初期のものなのだろう。その点では、歴史的価値がある作品といえる。
もちろん小説として素直に楽しめたので、それだけで充分ではある。
……というわけで書きたいことは以上だが、読んでない人に一言。
本書の作中には、ポアロが前に手がけた事件として「青列車の秘密」について言及するシーンがある。事前に読んでおくといいだろう(大した言及じゃないけどね)。
